「平山郁夫画文集 西から東にかけて」    平山郁夫著 (中公文庫)


 平山郁夫氏は空飛ぶ画家である。そのフィールドの広いこと広いこと。例えば、三蔵法師の仏教伝来の跡を辿る、ヘリコプターで幻の国・楼蘭に降り立つ、日が沈んだイラン・ザグロス山脈の砂漠を駆け抜ける…などなど。日没後、冷え込んだ砂漠では、砂のなかのわずかな水分でさえ凍って輝きだすという…。「さまよえる湖」のヘディン顔負けのアクティブさである。

 その跡の一部を切り取ったのが、この画文集。

空飛ぶ理由は平山氏の絵画テーマ、仏教にある。インドで生まれた仏教は、長い長い旅をして日本まで繋がっている。仏教文化によって育まれた日本美術は、それを伝えた数多くの人々の苦労があってこそ生まれた。気の遠くなるようなスケールでアジアの国々は繋がっているのだ。繋がっている細い糸を、平山氏はところどころで手繰り寄せる。

 敦煌と法隆寺の壁画が酷似していること(敦煌の壁画に氏は日本美術の源流を感じている)。百済の古い都と奈良の山並みが似ており、当時日本に亡命した百済人が奈良の大和三山を見て望郷の念にかられたであろうこと。中国内陸部で仏教文化を伝える橋渡しとなった遊牧民が松前藩とも交流があった可能性。広く旅をしていると、点と点が線になる瞬間があるのだろう。線と線は面になっていき、そして物語が生まれる。

 物語は絵画という形をとり表現される。おそらく平山氏は、土着の人間を描くときは、モデルの人生に思いを馳せ、物語を紡ぎだすように絵画を生み出すのではないか。

 シルクロードの風景を描くときは、数百年、数千年前にそこを通ったであろう人々を感じながら筆を動かすのではないか。だから氏の絵画は、鑑賞していると絵のなかに入り込んでしまうような錯覚に陥るのではないか。というのはすべて、素人な私の勝手な妄想だけれども…。ちなみに空飛ぶ「わんりぃ」会員は、この画文集のなかに行ったことのある地域を見つけることができるはず。絵画で切り取られた「知っているはず」の一風景をぜひ探してみてください。(真中智子)



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