まだ初々しかった社会人一年目に、中国の春画を見せてもらったことがある。当時、私は中国関係の書籍を積極的に出版する会社で、大学の研究室へ本を売る仕事をしていて、営業先の教授に面白半分に「見る?」と言われて、好奇心丸出しで、中国の春画オタク教授のコレクションを拝見させていただいた。
のちにそれらを出版したいという依頼もあり、美術関係の教授に鑑定をしてもらったところ、膨大なコレクションのなかから、唯一「すばらしい!」と絶賛された一枚が今でも記憶に新しい。色落ちのまったくない巻絵の春画。広げていくと、男女の絡みが次々に現れる。度肝を抜かれたのが、すべての女性が纏足だったこと。一糸まとわぬなかに、女性の足の先だけが覆われており、さらにその纏足で大きな玉を支えながら情事に及んでいる絵もあり、私はなにより、その性に対する頑張りに尊敬の念を覚えてしまった。「春画は、おおっぴらに見られるものではないから、古いものでも色褪せることなく、きれいに保存されるんだよ」と、さすが先生、きちんと講義も付いてくる。春画の企画は、出版社の社長が「こんな破廉恥な本を出したら、潰れる間際の会社だと思われてしまう」と最後に小心なところを見せ、終わってしまったが、勉強のために買ったこの一冊は私の本棚で生き残り、6年の歳月を経過して、ようやく私は読んだ。
前置きが長かったが、「纏足」の歴史である。広い世界のなかで、唯一中国にのみ存在した奇怪な風習は、女性が男性に圧迫されていた時代の一端を示すものだった。纏足が発生したのは宋の時代で、纏足禁止令後も続き、確実に下火になったのは1931年というから実に1000年もの間、中国の女性は纏足によって自由に動くことを制限され、男性の愛玩具のような状況に置かれたといってもいい。夫が生きている間はいいが、早くして死なれてしまうと、歩くのにも困難な体で子育てをし、しかも貞節が厳しく問われる時代、再婚もできずに並々ならぬ苦労をすることになる。
宋代前は、女性は強く、たくましく、おおらかに生きていた。異民族などとの争いが激しい時代に突入し、男性が家を空けることが多くなると、女性の足を縛って家に閉じ込めることに。さらに、纏足フェチの大量発生も手伝い、1000年の纏足史は横たわる。
著者の岡本氏は、纏足文化はハイヒールに受け継がれて生きていると締めくくる。そういえば、会社のきれいな(怖い)先輩が言ってました。「お洒落とは無理をすること」。足がぼろぼろになってもハイヒールを履き、耳が膿んでもピアスをし、爪が黄色くなってもマニキュアをする。女性は作られていくものなのだと、すっぴん&スニーカー愛用の「イケテナイ女」の私、厚かましくも実感している。(真中智子)

纏足物語 岡本隆三 東方書店