新東洋事情 深田祐介 著 文春文庫

20年前に刊行されたので、タイトルの「新」はすでに無理があるかもしれない。けれど今のアジアに通じるものはたくさんあって、基本的なことは変わっていないのでは。書かれた国は韓国、台湾、中国、フィリピン、タイ、ブルネイなど多岐にわたるが、やっぱり断トツでおもしろいのは中国!なんでも旅慣れた人たちは「中国だけが外国で、おもしろい」と語るのだとか。
中国のネタが豊富なのは、日本人の中国への関心が強いという側面もあるのだろう。漢詩に感銘を受け中国思想を熱心に学んだ「中国大好き爺さん」な日本人には特に要注意だ。偽物の掛け軸を高値で買い、乞食に大金を渡すという問題行為が中国人に利用されている。かくいう二十代後半の私も中国人に日本の千円札を渡して、中国通の同行者にみっちり叱られた経歴を持っている。大学で中国文学を専攻し、憧れを抱いた典型的「中国大好き爺さん」なのだ。
旅行で来て気持ちよく帰る私はさておき、しばらく滞在する人たちは夢打ち砕かれて中国に裏切られた気持ちにさせられてしまう。結局「日本人は中国について勝手な幻想を抱き、勝手に挫折してきた」と著者はあっさり分析する。どちらかといえば、中国に無理を押し付けているのは日本人で、十億の人口をもつ中国、すさまじい生存競争のなかで「仁」だ「義」だと言っていては伯夷叔斉(注)のごとく、あっけなく死んでしまう。日本のぬるい常識では生き抜けない厳しさのなかで、彼らには求められているものは生きるしたたかさや逞しさでしかない。だから日本の中華街で中国人ウェイトレスの「ありえない」対応に嫌悪を覚える反面、中国で彼らの生き様に触れると圧倒されて生きる力をもらったような気になるのだ。
注:継ぐはずの王位に執着せず、潔く国を去った弧竹国(殷代)の王子、伯夷・叔斉兄弟は、結局、己たちの信念を曲げることなく山に籠もり餓死する。(史記)
昨今は漢文を学校で教えなくなっていると聞く。漢文のリズムに親しんだり、漢詩の芸の細かさに触れたり、迫力満点の史記の文章を読んだりという機会が減れば「中国大好き爺さん」も減るのだろう。それもなんだかとても寂しい。